理想の父親像を歌わせたら右に出るものはいない人、
と言ったら、みなさん、どなたを連想なさいますか?
私の中でのザ・ベスト

レオ・ヌッチです。
http://www.leo-nucci.com/
完全なる例えば、の話ですが、
我がヨーナス・カウフマン

別の公演がある、という贅沢な状況にあったとします。
趣味と嗜好がはっきりしているワタクシですから、通常であれば
迷うことなく、ヨーナスの公演に行くでしょう。
が。
カウフマンと比較してさえ、相当迷う、どころか場合によっては
カウフマンをあきらめるかもしれない

と思うほどの演奏家も何人かいます。
すなわち、
ピアニストのマルタ・アルゲリッチ
テノール歌手のプラシド・ドミンゴ
バス歌手のフェルッチョ・フルラネット
バリトン歌手のトーマス・アレン
(ここいらの男性陣は年齢的に、そろそろラスト・チャンスかも

と思うからなんですけど・・・

そして、この方。


今回見てまいりました、ヴェルディ「ルイザ・ミラー」プレミエ。
ルイザの父親、老兵士ミラー役で御出演でした。
ヌッチは毎年必ず、しかも何度もチューリッヒに来てくれて、
毎年のように、リゴレット&何かの演目のプレミエに出てくれます。
実に、実に、喜ばしい



そしてその全ての公演で、他の方の記事では読んだことのないような




それもそのはず。
声がよく通る、とか、年齢に見えない(68歳)とかいう次元じゃないんです。

演技がスゴイ、とか、歌が上手い、とか、
そんな既成の表現でもおっつかないのです。

あまりにも素晴らしい


今日は調子がちょっと悪いとか、イマイチ、ということが
あり得ません。それこそ、この年齢で、考えられます?

軽やかなアジリタも


どの分野でもこの上なく素晴らしいけど、
ヴェルディに至っては、この人以上に歌える人はいない。
まちがいなく


イタリアそのもののようなまっすぐな声、
一音一音、一挙手一投足、目線、立ち位置、タイミング、
全てに長年の経験と深く考え抜かれた音楽的洞察が溢れ、
観客の心臓


ジルダを憂うリゴレットも、アメーリアを思うボッカネグラも、
アルフレードを心配するパパ・ジェルモンも
(ジェルモンはチューリッヒ歌劇場の来日公演でも歌ってましたね

どれもこれも胸が痛くなるほど真実味に溢れています。

そして今回の、ルイザを思うパパ・ミラー。
音楽的構成だの、確かな技術だの、役作りの深さだの、
そんなことがどうでもよくなってしまうのです。
これが仮想の舞台である、ということさえ、念頭から吹っ飛んでしまうほど
壮絶なまでの真実なのです。
こんな人が本当のお父さんだったら・・・
一生お嫁に行こうと思わないだろうな〜。。
(あら、ごめんなさい。本物のパパさん・・



ず〜〜っと前にフィガロ(セヴィリアの理髪師)を聴いて以来の
大大大ファンですが、あの映像から30年以上の月日が経ったとは
とても信じられません。

より深く



強烈なロマンティシズム

私は生フレーニも生パヴァロッティも聴くことができませんでしたし、
ドミンゴの(まだ歌ってるけど)全盛期をも聴き逃しています。
が。
ヌッチを聴けた、という事実はそれらの失態(?)を
補って余りあると思います。

この方を聴く度に思うことですが、
この方の演奏を聴ける”時代”に生まれたことを
この方のヴェルディを聴ける“時代”に生きていることを
心から感謝したい

オーケストラの人々も、大変正直

普段、幕の途中、アリアの後などに観客から拍手が沸き起こっても
オーケストラの人たちは次を弾くために構えていることが多く、
あまり拍手はしません。
せいぜい終演後のカーテンコールで
弦楽器の人が弓を振る(拍手している、という意味ですね)ぐらいです。
ところが、今回。
ヌッチがアリアを歌い終わると、オケの人たちも楽器を脇に抱え込んで、
観客と一緒になってパチパチ



カーテンコールでも、まるで太陽

ヌッチがいる方向に向かって、オケメンバーの拍手の手が
伸びていました。

やっぱり誰が聴いても、いいものはいい


それにヌッチという人は、
行動の端々にその温かい人柄がにじみ出るんですよね。
共演者を盛りたてて、指揮者の顔も立て、
その中で自分の最高の芸術をも生かす。
理想の父であると同時に理想の上司とも言えるのではないでしょうか。
おまけに、舞台で、聴衆の前で歌うのが
ほんとうに毎回毎回、嬉しくて嬉しくてたまらない・・・

というのがよ〜く伝わってきます。
こんな大ヴェテランに対して失礼極まりないながら、
その嬉しそうな態度が実に微笑ましい。。

本当にこんな方って世の中にいるんですね。
この方の存在はほとんど


いつまでもいつまでも、お元気にお変わりなく
ずっと、ず〜〜〜っと歌い続けて下さいませ

(続く)

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恋するオペラさんの記事を拝読し、うん、うん、とうなずきました。
ほかの役でも観てみたいし、一度生でもお目にかかりたいです。
ところで、もしレオ・ヌッチが自分のお父さんだったら、「お嫁に行きたくなくなる」というより、「お嫁に行けなくなる」かもしれません。なんか、彼が家にあいさつにでも来ようもんならすんごい目力でにらみ、よほどの男でないとしり込みしてとっととその場からいなくなってしまうでしょう。(^_^;)
そうなんですよ〜〜。
ヌッチのリゴレットはこの世のものとは思われません!
チューリッヒでも超ロングランです。
アレーナ・ディ・ヴェローナにも毎年のように出てるみたいですね。
野外の悪環境なんてものともせずに歌ってそうですね。
観てみたいな。
すごい目力のにらみ、いいじゃないですか。
そんな風に彼をにらんでくれる父親って、
やっぱり憧れますよ〜。かっちょいいっ!笑