2020年06月12日

ドッキリはいつだって新鮮だけど

恋〜星野源
【Youtube100本ノックNo.90

恋 サムネイル写真100-.png

どこかのCMでありましたよね、
みんなで座って飲み食いしていたのに、
ある特定の音楽が鳴ると自分以外のみんなが
一斉に同じ動きでその音楽に合わせて踊りだして、
訳が分からない主人公が1人で焦りまくる・・・
というのが。

私、まさにアレを経験したことがあるのです。

いやね、星野源さんの『恋』なんですけども。


あの日私は友人と、港の周遊クルーズ兼ビアガーデン
というツアー(?)に参加していたのです。
その船ではクルーズ中にバンド演奏もありました。

立ち上がってバンド音楽に合わせて踊ったり
歓声をあげたり手拍子したり
バンド演奏をBGMに飲んだり(我々はコッチ)、
色々でしたが、クルーズ船のお客様は
それなりにそれぞれ、みんなで楽しんでいました。

ところが、とある曲がかかりだしたら
立って踊ってた人はもちろん、座って聞いていた人も
聞き流して飲んでいた人も、我が友人たちも、
全員が同じ動きで踊りだしたんですよ。

私は1人で訳が分からず、
文字通り『仰天』しておりました・・・

そして、お客様(私を除く)が大いに盛り上がった
その曲の演奏を最後にバンドは一旦休憩に入りました。

頭に何千個も何万個もが飛んでいた私は
早速友人に聞きましたよ、もちろん。

今の、なに????

友人が答えて曰く「恋ダンスだよ」と。。。

・・・私はスイス留学時代に持っていなかったせいで、
帰国してからもとんとテレビを観ない人に
なっておりました。

当然テレビドラマも観ていないわけで、
恋ダンスが何なのかも、
それがそんなに話題になっていたことも、
そもそも星野源さんという歌手の存在さえも、
全っっ然知らなかったんですよねぇ。。

いやはや、びっくりしましたわ。。笑

今時、このネット社会で、
しかも日本に住んでいながら、
これほど社会現象(?おおげさ?)にまでなった
ドラマのダンスを知らないってのも
珍しかったでしょうね。

おかげでこんな珍妙な体験が出来たんですから、
まあ悪くないかもだけど。笑

人生って、新鮮な驚きに満ち満ちていますね。うん。





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2020年06月11日

必要は発明の母

スペイン舞曲 第1番〜モシュコフスキー
【Youtube100本ノックNo.89】

モシュコフスキー1 サムネイル写真100-.jpg

音楽家とか画家とか文豪とか、
(よくあるイメージだけでなく実際もですが)
いわゆるゲイジュツカが生活に困るのは
古今東西、今も昔も変わらないようで。

後に著名な演奏家兼教育家兼作曲家となる、
ポーランド人作曲家、モシュコフスキーも
若かりし頃はご多分に漏れず、
お金に困っておりました。

17歳の頃、金欠に喘ぐモシュコフスキーは
親しい友人シャルヴェンカにお金を借りようと
彼のもとを訪れました。

するとシャルヴェンカくん、なんと優雅に
パイプをふかしているではありませんか。

たかる気満々のモシュコフスキー氏、
自分も煙草を吸わせてもらおうと
パイプを借ります。

ところがシャルヴェンカ、
パイプはあるが煙草の葉は無い、
というではありませんか。

モ「え?じゃ君が今吸ってたのは何?!」

シ「そこの破けたソファーの中の詰め物の草、さ。」

モ「・・・・・。」

それほど困窮している男から
金を借りることは出来ない
判断したモシュコフスキー。
何も言わずに黙って家に帰り、
作曲をしてお金を稼ぐことにしました。

(なんで初めからそうしなかったのよ)

テーブルにつき、
過去に作曲のアイデアを書き留めた
スケッチブックを広げると、
ふと、そこにあった
スペイン風のモチーフが目に留まりました。

そうだ、これだ!

数日で書き上げ、出版社に持ち込み、
無事、日の目を見ることになった…

のがこの「スペイン舞曲集 作品12」
なのでした。。

モシュコフスキー本人曰く、

「スペイン舞曲集は良く売れ、
版を重ね、編曲もされた。
この曲集のおかげで私は音楽界に
名を知られるようになった。
だが、そもそもの発端は、
友人のシャルヴェンカが煙草を持っておらず、
私に貸すお金が無かったから、なのだ」

いや、それを言ったら、元も子も・・・笑
必要は発明の母、ってこと、なんですかね。





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2020年06月10日

知ってて知らない

フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン
【Youtube100本ノックNo.88】

フライミー サムネイル写真100- .jpg

1954年にバート・ハワードが作曲し、
ニューヨークのキャバレーで初披露された
フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン。
日本語訳だと「私を月に連れて行って」

当初は3/4拍子だったそうですね。

1962年にジョー・ハーネルという方の
ボサノヴァ風の編曲をフランク・シナトラがカバーして
爆発的なヒットとなったのだそうです。

シナトラが歌った当時、アメリカは有人宇宙飛行計画、
いわゆるアポロ計画の真っ最中で、
シナトラの歌うこの曲の録音は、
アポロ10号、11号にも積み込まれ、
人類が月に持ち込んだ最初の曲、とも
言われているのだとか。

(ま、正しくは、月面着陸した宇宙船に
持ち込まれた、のでしょうけども。笑)

日本でも色んな方がカバーされていて、
CMやドラマでも使われているようですね。

最近ではテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の
エンディングでも使用されて認知度を上げたのだとか。

どこで聞いたことがあったのかも覚えてないけど、
タイトルも知らないけど、
メロディを聞いたら知ってる曲って
結構あるじゃありませんか。

この曲もそんな一つ・・・じゃありません?
私たちはそうでした。笑

手持ちの楽譜に入っていたこの曲の
タイトルを見ても全然ピンと来なくてですね。

なにこれ、どんな曲〜?

と言いながら楽譜を見て弾いてみて、
大変分かりやすく、

ああ!これか!

って。。

知ってて知らない名曲ってことで・・・笑








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2020年06月09日

1002番目にいかがでしょ?

ア・ホールニューワールド〜映画『アラジン』より
【Youtube100本ノックNo.87

アラジン サムネイル写真100-.png

ヒット映画を連発し、
ディズニー・ルネサンス期と呼ばれる時期、
1992年の映画『アラジン』の劇中歌。

アラン・メンケン作曲、ティム・ライス作詞の
世界的大ヒットバラードですね。

アカデミー賞歌曲賞、グラミー賞最優秀楽曲賞、
さらにアメリカ総合チャート首位を獲得した
ディズニー史上唯一の曲でもあり、
日本でも日本ゴールドディスク大賞
グランプリシングル賞を受賞しているのだとか。

もっともこの手の話題に疎い筆者は
なんか、凄そう…という程度にしか
理解できてませんが。笑

映画の主人公アラジンが、アリという王子に変装し、
王宮からジャスミン姫と共に

「一緒に広い世界を見に行こう」と

魔法のじゅうたんに乗って世界中を旅する場面で
アラジンとジャスミンが歌うんですよね。

私もこの映画を映画館まで観に行きまして、
歌詞が書いてあるパンフレットを買い込み、
一生懸命歌って覚えたものです。

なのでアラジン役もジャスミン役も、
どっちの歌詞も未だに歌える。笑

元になっている千夜一夜物語も、子供の時、
ハードブックの重たい本をこれまた一生懸命
ワクワクしながら繰り返し、何度も読みました。

千夜一夜物語って、実際1001個のお話が
あるんだそうですね。

私が読んだのは子供の時、という事は恐らく
子供用に編纂された児童書だったはずだから、
1001個のお話全部を読んで・・・ないでしょうね。

今度大人用(?)を読み返してみようかな。




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2020年06月08日

ちがう、そうじやない

ララルー【Youtube100本ノックNo.86

ララルー サムネイル写真100-.png

【ララルー】はディズニー映画『わんわん物語』
の歌として有名ですね。

わんわん物語と言えば、私たちにとっては
映画ではなく絵本でした。

昔、我が家にはアルバムサイズほどの
大きなディズニーの絵本が何冊かありました。
そのうちの1冊が『わんわん物語』だったんですね。

私はまだ平仮名がいくつか読めたかどうか、
ぐらいの年齢でしたが、その絵本があったこと、
そしてお話しは良く知らないけど犬の絵が
とても可愛くて、好き好んで眺めていたこと、
を良く覚えています。

この絵本を昔、姉は、よく
祖母に読み聞かせて貰っていました。
明治生まれの祖母は根気よく何度でも
姉のために読んでくれたそうですが、
なにしろ明治生まれですから、カタカナの読み方が
どうも少々おかしい。

ヒロイン「レディーちゃん」を「れでいちゃん」
と読むのだそうです。

姉も知恵がついてきて(?)いますから

「ちがうよ、『レディー』ちゃんだってば!」

と何度も訂正するのですが、
何度言ってもどうしても
「れでいちゃん」のままだったのだそう。

祖母の存命中にディズニーの話を詳しくしたことは
私はありませんが、きっと彼女なら

でずにーらんど、

と呼んだでしょうね。
おばあちゃん、ちょっと可愛い・・・笑

そんな懐かしい思い出の、わんわん物語から
『ララルー』です。






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2020年06月07日

イメージの裏切り・・・?

山の魔王の宮殿にて〜ペール・ギュント組曲より
【Youtube100本ノックNo.85

山の魔王 サムネイル写真100-.jpg

2歳の時から横浜育ち、

たとえ横浜港のシンボル『横浜三塔』
(キングの塔(神奈川県庁本庁舎)
 クイーンの塔(横浜税関)
 ジャックの塔(横浜市開港記念会館)
のどれがどの建物か覚えられずとも、

たとえ氷川丸と日本丸のどっちがどっちか
自信を持って答えられずとも
(氷川丸(山下公園)
 日本丸(みなとみらい21地区))

たとえ大桟橋も中華街も赤レンガ倉庫も
迷子にならずまっすぐ辿り着けたためしがなかろうと、

ワタクシ、自称、ハマっ子、なんですが。

我が家は、うちの家族以外、親戚一同、一族郎党、
全員が関西圏に在住、という、
実は中身が関西人なんですよね。

そんなわけで、子供の時の私は
野球が好きだった父の影響で、野球中継を
結構よくテレビで観ていましたが、
当然のように、阪神タイガースを応援し、
春夏の甲子園を見ても、関東圏よりは関西圏の学校を
つい応援しておりました。

それでも全然、かけらも、知りませんでした。
本日演奏のグリーグ作曲、ペール・ギュント組曲の
【山の魔王の宮殿にて】という曲の一部を原曲としたものが
阪神タイガースの応援ソングとして使われてたなんて!

Wikipediaに書いてあったんですけど、本当ですか?
なんかイメージが・・・結びつかない。。

どなたか詳しくご存知の方、いらっしゃいましたら
詳しい経緯を是非教えて下さい(笑)

そんなわけで、六甲おろし、じゃなかった、
山の魔王の宮殿にて、です。





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2020年06月06日

人生いろいろ、ありますよね、そりゃ

アメージンググレース
【Youtube100本ノックNo.84
アメージング サムネイル写真100-.png

日本では結婚式でお馴染みとなっているこの曲。
イギリスの牧師ジョン・ニュートンが作詞しました。

実はこのニュートン氏、若かりし頃、
黒人奴隷貿易を携わっており、当時の白人の常識通り、
平然と、なんとも思わず、黒人奴隷を劣悪な環境に置き、
家畜以下、モノのような扱いをしていました。

ところが22歳の時、輸送船の浸水転覆寸前の事故に遭遇、
死に物狂いで神に祈って助かった、という経緯から
キリスト教の精神に目覚め、
同時に奴隷に対する同情を覚えるようになり、
その後船の仕事から降り、牧師として再出発することになります。

過去の過ち(奴隷貿易)への悔恨と、
そんな自分の罪をも許し、救ってくださった
神の恩恵への感謝を込めて作ったのが
このアメージンググレース、なのだとか。

なのでアメリカでは追悼式やお葬式で
歌われるイメージのようですね。

どちらにせよ、
力強く上を向きたくなるようなメロディーが
心を打つ名曲だと思います。

Amazing grace!(how sweet the sound)
That saved a wretch like me!
I once was lost but now I am found
Was blind, but now I see.

驚くべき恵み(なんと甘美な響きよ)
私のように悲惨な者を救って下さった。
かつては迷ったが、今は見つけられ、
かつては盲目であったが、今は見える。

(Wikipediaより)





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2020年06月05日

カッコいいとはこういう事・・・だよね?

宇宙戦艦ヤマト
【Youtube100本ノックNo.83
ヤマト サムネイル写真100-83.png
私、観ていた記憶は無いんですけどね、ヤマトのアニメ。
なのになぜか、歌えるんです、この歌。
それも歌詞付きで。
なぜ?笑

恐らく再放送とかをチラ見したせいだと思うんですが、
あらすじも全然分かっていないくせに、
なぜか主人公、古代進の声優さんが
あらゆる声優さんの中で最も好きな富山敬さんだった、
という事は知ってるんですよね。
だから、なぜってば??笑

宇宙戦艦ヤマトって、漫画家の松本零士さんの
作品だとばっかり思ってましたら違うんですね。
もともと企画があったところにデザインのスタッフとして
後から参加されたんだそう。
今回調べてちょっと驚きの発見でした。

ちなみに戦艦ヤマトの絵は有名だと思いますが
この戦艦のイメージ図、
最初は日露戦争時代の戦艦「三笠」だったのだそうですが、
やがて「長門」という、第二次大戦終戦時に唯一残った戦艦
(戦後アメリカ軍に接収され核実験に使用され沈没)
に変更され、しかし長門ではマイナー過ぎるということで
戦艦「大和」に再変更された、
という長ったらしい経緯があったのだとか。

Wikipediaで写真を見比べてみましたが・・・
私にはその違いが全然分かりませんでした(笑)

そういや、ハマっ子のくせに横浜港に停泊している
日本丸と氷川丸もどっちがどっちだか分からないからなぁ。。

そんなわけで、戦艦三笠より格好いいハズで、
戦艦長門よりメジャーな型の
宇宙戦艦ヤマト、ド派手編曲の連弾版をお楽しみください。






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2020年06月04日

引き寄せの法則

いつか王子様が【Youtube100本ノックNo.82
いつか王子様 サムネイル写真100-82.png

1937年の映画『白雪姫』は、
ディズニーの長編映画第1作目であり、
世界初のカラー長編アニメ映画でもあります。

主人公の白雪姫が歌う「いつか王子様が」も
ディズニー映画の代表曲の一つであり、
アメリカ映画史上の名曲100選にも選ばれているとか。

この歌を歌ったのはアドリアナ・カセロッティ。
全然知られていないと思いますが、それもそのはず。
彼女はこの白雪姫以、ほとんど
活動をしていないのだとか。

ウォルト・ディズニーが白雪姫役の声優さんを
探すのに大苦戦していた時、
知り合いの声楽の先生に、良い歌手を紹介してもらおうと
電話連絡をしました。

その電話に出て応対したのが、カセロッティ嬢、御年21歳。
その声楽の先生の助手をしていたんだそうです。

彼女の声を聞いた瞬間、ディズニーは
「これこそ白雪姫の声だ!」と直観。
口説き落として出演に至った、のだそうです。

運命ですねぇ。

やはり、一目見ただけで王子様を惚れさせてしまう
白雪姫を演じる人、というのは
何かそういう引き寄せの法則をもっているのでしょうか。


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2020年06月03日

もたらしたものは大きかった・・・らしい

バレエ〜小組曲より
【Youtube100本ノックNo.81

ドビュッシー4 サムネイル写真100-81.jpg

バレエの起源は、中世ルネッサンス時代の
イタリアなんだそうです。
西暦で言うと、1400年代ぐらいでしょうか。

当時の宮廷で余興として詩の朗読、演劇などが
演じられていましたが、その一部として
バロという名のダンスが誕生したのだとか。

私はバレエ=ルイ14世のイメージが強くて、
てっきりフランス起源だと思っていました。

イタリアからフランスへ、
バレエ(の原型)がもたらされたのは1533年、
フィレンツェからアンリ2世のもと
カトリーヌ・ド・メディシスが嫁いだ時なのだそうです。

カトリーヌ・ド・メディシスという人は、フランスに
色んなものをもたらした、と言われていますね。

フィレンツェ料理を持ち込んでそれが
現在のフランス料理の原型になった、とか
他にもフォーク、食器、食事作法、ソース、
アイスクリーム、フロランタン、シュークリーム、香水・・・

事実ならものすごい功績なんですが、最近の研究では、
彼女がもたらしたという根拠はない、
とも言われているようで、
さて本当のとこはどうなんでしょうか(笑)

カトリーヌ・ド・メディシスというと、
歴史で習ったので、当然その名を知っていましたが、
改めて大いに関心を持ったのは、
フランスのガイドブックに載っていた、
シュノンソー城というお城の解説を読んだ時でした。

このお城をめぐって、アンリ2世妃カトリーヌと
アンリ2世最愛の愛人ディアンヌ・ド・ポワチエが
激しい争いを繰り広げた・・・云々、
という記述があり、どんな争いなのかを知りたくて、
ある夜、Wikipediaを一生懸命調べ始め、
すっかり面白くなってあっちこっちと
ネットサーフィンを繰り返していたら、
気づいたら夜が明けていた、という懐かしい記憶が(笑)

さて、フランス宮廷にもたらされたバレエは
ルイ14世時代にダンスとして体系化され、
宮廷から劇場へ、
衣装もチュチュやトゥシューズの発展、
など、様々な経緯を経て、
ドビュッシーの時代、すなわち1900年前後には
現在のバレエに近いものになっていたようです。

そんなわけで、ドビュッシー作曲の小組曲、
ラストを飾る第4曲「バレエ」です。

動画はこちら▶▶▶


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